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17.08.31(木) 印西市からの信号機及び横断歩道・設置要望

 ハンガリーの首都ブダペシュトで開催されている世界柔道選手権大会で、日本の躍進が続いている。柔道は2020東京五輪・パラリンピックでも日本のメダル量産が期待される有望競技。国技としての御家芸復活を世界に是非披露してほしいと願うものである。
 9時半、板倉正直・印西市長及び同市市民部職員が来所。信号機設置や横断歩道整備について要望を承る。私からは、まずは印西警察署への陳情について同行することを約束する。
 終日、事務所で仕事、来客の対応、電☎話掛け。
 18時、北総温泉・真名井の湯でRELAX。
 19時半、白井市方面で私的時間をマッタリと過ごす。
 21時半、帰宅。夜、読書。御終い

       8月に読んだ本
〇 「 騎士団長殺し 第2部・遷ろうメタファー編 」 村上春樹 著 / 新潮社
〇 「 泰西音楽逍遥 」 尾崎秀英 著 / K&Kプレス
〇 「 あなたの隣の<モンスター> 」 斎藤 孝 著 / NHK新書
〇 「 合気道とラグビーを貫くもの 」 内田 樹 × 平尾 剛 / 朝日新書
〇 「 悪の正体 」 佐藤 優 著 / 朝日新書
〇 「 牙を研げ 」 佐藤 優 著 / 講談社現代新書
〇 「 日露外交 」 佐藤 優 著 / 角川新書
〇 「 ランチのアッコちゃん 」 柚木麻子 著 /双葉文庫
〇 「 菜の花の沖(五)」 司馬遼太郎 著 / 文春文庫
〇 「 菜の花の沖(六)」 司馬遼太郎 著 / 文春文庫f0035232_14222417.jpg
by takinowa | 2017-08-31 21:40

17.08.30(水) 国道356号&51号期成同盟・千葉県要望

 午前、事務所で仕事、来客の応対。
 11時半、印西を出て県庁へ向かう。
 13時、県土整備部より9月定例会提出議案説明。
 14時、香取市・銚子市・成田市・佐倉市・印西市・印旛郡栄町・酒々井町ほか自治体で構成する国道356号&51号期成同盟の要望活動に帯同。高橋渡・副知事はじめ県土整備部道路関係課長が出席。
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 14:40、総務部関連の政務調査。
 15時、県庁を出て印西へ。
 16時半、事務所へもどり仕事。
 18時半、北総温泉・真名井の湯でRELAX。
 22時、帰宅。夜、読書。御終い

 斎藤 孝 著 「 あなたの隣の<モンスター> 」(NHK新書・780円)を読む。斎藤教授の文章は平易で分かりやすいが、質も高い。印西市で議員辞職勧告をされたセンセイや近頃のトヨタ代議士パワハラ事案もあったので、キレる人間の内在的論理を知るため手にした。人間存在について、「自分を中心」/「他人との関係性」と云う図式化は絶妙だった。マルクスの「フォイエルバッハ論」における「関係主義的人間観」、廣松渉における「共同主観的存在構造」などの立ち位置もいい。さらに、80年代以降のポストモダンにおける「差異」の認識も共感できる。
by takinowa | 2017-08-30 23:59

17.08.29(火) 北方四島交流事業・国後島 訪問記(*^^)v

 朝6時過、携帯にJアラートの信号音。北朝鮮によるミサイル発射の警報。まさに、日本列島が震撼した。北海道襟裳岬沖を通過して太平洋へとのことだった。わが国の国家主権を無視しての蛮行である。千葉県議会としても、非難決議をすることとなるはずだ。
 ただし、ここは冷静な対応が大事である。北朝鮮の軍事的挑発や外交的恫喝に対しても、毅然とした態度で臨めばいい。今こそ日本国民の質の高さを示さねばならないと思うものである。
 終日、事務所で仕事。
 16時半、印西を出て千葉へ向かう。 
 18時~20時、京成HOTEL・ミラマーレ。千葉県造園緑化協会から「東京五輪・パラリンピックに係る緑化推進に関する要望」についてお話を伺う。
 20時半、千葉を出て印西へ。
 22時、帰宅。夜、読書。以下、8/25~28の訪問記を書く。

    北方四島交流事業国後島 訪問記 】 2017.08.25~28
 北方領土は我らの祖先が心血を注いで開拓した我が国固有の領土。この四日間の経験を通じ、返還への思いを強くした次第である。
 根室港出港前には、尊敬する鈴木宗男先生から「島をしっかり見てきてほしい。島民と交流を深めてほしい」と激励の電話をもらい、感激した。根室出港から中間点通過までの詳細は本ブログ25日付記事を参照してください。以下、北方四島の基礎知識。
 〇 北方領土の面積 : 5,003㎢。(※ 千葉県とほぼ同じ)
       国後島 :1,489㎢。(※ 沖縄本島1,208㎢より大きい)
       択捉島 :3,167㎢。(※ 神奈川県とほぼ同じ)
       色丹島 : 249㎢。(※ 成田市より少し大きい)
       歯舞群島: 95㎢。(※ 勝浦市と同じくらい。小笠原諸島が104㎢)
 〇 北方四島の人口:約15,000人(国後島:約7,000/択捉島:約5,000人/色丹島:3,500人/歯舞群島に定住者はいません。ほぼロシア人)
 〇 国境の変遷
  1855年:日魯通好条約⇒択捉島と得撫島の間に定められ、樺太は混住の地とされた。
  1875年:樺太・千島交換条約⇒樺太全島と得撫島以北の千島列島を交換。千島列島は日本の領土になった。
  1905年:ポーツマス条約:日露戦争の結果、南樺太(北緯50度以南)が日本領土へ。
  1951年:サンフランシスコ平和条約:日本は南樺太と千島列島を放棄。
  ただし、日本が放棄した千島列島には北方領土が含まれていない。
  〇 1945年8月終戦直後、ソ連軍により不法占拠され島民(約17,000人)が島を追われ、現在も続いている。北方領土問題の解決は、日露間の最大の懸案事項であり、この問題を早期に解決し、平和条約を締結しなければならない。
  〇 北方四島交流事業:日露両国間において、双方の領土問題に関する法的立場を害さないという前提の下で実施されている。相互理解の増進を図り、領土問題に寄与することを目的とした、日本国民と北方四島居住ロシア人との間の旅券・査証なしによる相互訪問事業。公益財団法人・北方領土復帰期成同盟による事業を国(内閣府・外務省)が後援。国会議員の参加は鈴木宗男氏が第一号(1995)。

  8月25日(金)
 9:00、根室港琴平岸壁にて出発式。エトピリカ号に乗船。(8/25付記事参照)
 9:30、出港。根室名物の霧もなく、天気晴朗かつ波も静かだった。
 10:40、根室市・国後島の中間点通過。海上保安庁巡視船が中間点まで警備に当たってくれて心強かった。通過後、船上の日章旗が降ろされ、ロシア国旗の掲揚となる。国の主権を実感するものである。
 10:40、船内でオリエンテーション。国後島訪問団顧問として紹介される。また、千島歯舞居住者連盟理事で元国後島民・野口繁正さんのミニ講演会。
 11:15、船内3F食堂でLUNCH。カレーライスが超美味だった。f0035232_2101840.jpg
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 13時、古釜布港到着。外務省(外交官)と国境警備隊による45名の入域手続き。国会議員から高校生まで、実にバラエティに富む訪問団だ。構成は政治家8名(国3・道県議4名・網走市長)、公務員4名(外務省1・内閣府2・北海道1)、通訳4名、期成同盟事務局4名、報道関係4名、民間21名(元島民・高校生・大学生ほか)。とにかく、心を一つにした一糸乱れぬ自主的団体行動が求められた。
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 15時、エトピリカ号から艀(はしけ)に乗換え上陸。
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 16時、南クリル行政府(市庁舎)を国会議員らとともに表敬訪問。コンスタンチン・ブタコフ地区長代行と面談。
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 ムネオハウス到着時、綺麗なロシア娘から歓迎のオモテナシ。
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 17時、ムネオハウスとして有名過ぎる「日本人とロシア人の友好の家」に到着。ロシアが実効支配し日本の主権が及ばない地で、この施設を作った宗男先生の政治力と知恵にひたすら頭が下がる。建物は粗末だが、返還へ向けた「ビザなし交流事業」の橋頭堡として大きな一歩であり偉業と実感する。思い起こせば2002年、ムネオハウス騒動の都市伝説が独り歩きし鈴木先生は炎上し、佐藤優と共に塀の中へ。あの二人が日露外交の最前線で頑張り続けていたならば、領土交渉は確実に前進していたに違いない。
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 17:15、夕食。決して豪華とは云わないが、心の籠ったロシア家庭料理。味は微妙。
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 18時、ろうそく岩を見学&散策。
 19時、ムネオハウスにて宿泊。豊田俊郎参議院議員や佐藤ゆかり代議士らと夜更けまで懇談。

  8月26日(
 6時、ムネオハウスにて朝食。
 7時、移動。
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 7:15~8:00、郷土博物館を視察。国後島の自然や文化について学ぶ。
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 8:15~9時、地区図書館を視察。女性の館長から説明を受ける。ロシアは世界一の文学大国だったが、近年若者の活字離れも進んでいるとのこと。日本と同じと感じる。で、館内にはゴローニン、リカルド、高田屋嘉平衛に関する日露外交の展示室もあった。司馬遼太郎の「菜の花の沖」について話したところ、是非ロシア語に翻訳してほしいとの要望を承った。ロシアで北方領土に関する正しい歴史認識を普及させるためにも、外務省や内閣府には是非御一考頂きたい。同行の職員にも提案した次第である。
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 9:15~10時、古釜布中等学校を視察。校長先生からロシア義務教育の概要等について伺う。大学入試の必須科目は数学とロシア語(国語)だそうで、有り体に云えば日本のゆとり教育とは真逆の世界だろう。エリート層は論理的思考に基づく交渉力も高いはずだ。日本も負けてはいられない。
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 10:20~10:40、日本人墓地を墓参。
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 11時~12時、昼食(ムネオハウス)。
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 12:15~15時半、住民交流会。第一部はゲーム大会。日露の若者が企画したドッジボール大会や椅子取りゲームほか、アッと云う間に打ち解け和気藹々の友好ムード。第二部は住民との意見交換会。御題は安倍×プーチン会談で合意した「日露共同経済協力」について。私からは、知床世界遺産登録を受けて同じ自然や生態系を有する国後・択捉の世界自然遺産の追加登録について、日露共同でプロジェクトを立ちあげるというアイデアを提案したところ、島民の側から賛同の声があがり意を強くした次第である。
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 16時~19時、北大大学生2名と内閣府職員と共にメイン行事のホームビジット(家庭訪問)で、ヴォロジコ・エフゲニー&クラフチェンコ御夫妻宅へ。
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 訪問先では大歓待を受け、47歳のムキムキの旦那(元愛国主義的軍人)と私でウオッカをボトル三本空にする。美しい奥様も呆れ気味だったが。。。和気藹々かつ情の深いロシア人と接し、国家は憎らしいが友情は別と感じた次第である。で、酔っ払った勢いで領土問題にも話題が及び、結論は平行線だったが、人間的な絆も深まった。こちらは、(日露間で)択捉と得撫の間に国境線を画定し、その代りに返還時期は柔軟に対応する。もちろん、施政権についても十分に話し合い、ロシア人居住者にも配慮し経済協力も日本国が責任を持つと主張した。
 いずれにせよ、高田屋嘉兵衛とリカルド中佐の友情には遠く及ばないが、素晴しい時間だった。ホームビジット終了後、玄関先でロシア式の御別れの挨拶。何度も抱擁を繰り返し、御互いの頬にキスをしあった。とにかく力強かった。最後には恋人同士のように口と口の接吻だったから、こちらも怖かったが歯を喰いしばって頑張った次第である。そして、「ダスビダーニヤ」と云って御暇した。一生忘れない思い出となるだろう。
 19時、宿泊(ムネオハウス)。国や道の役人、若い学生らと酒を酌み交わし夜更けまで楽しく過ごす。

  8月27日(
 6時、朝食。
 7:15~8時、本年2月に竣工したスポーツ施設「アファリーナ」を視察。
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 社会インフラも徐々に整備され実効支配の強化が感じられた。
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 8:15~9時、消防署を視察。火災への対応が仕事で、救急は病院が担当するとのこと。それにしても、装甲車のような消防車だった。ロシアの御国柄を感じる。
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 署長から説明を受けた。
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 9:15、正教会を視察。2010年、メドベージェフ大統領の電撃訪問の際、正教会の改築が提起されたとのこと。竣工は2012年。
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 豪華絢爛の聖画像。
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 10時半、昼食(ムネオハウス)。
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 12時~14時、ムネオハウス内食堂で<木のスプーン絵付け教室>。可愛い女子の指導によりロシア民芸品製作にチャレンジ。
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 行政府前、建国の父レーニン像。
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 どの店も実に豊富な品揃えでした。
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 14時~15:45、ロシア人と一緒に市街地散策。商店街等を見学し、SHOPPING。とにかく、物資は豊富だった。夜に備えウオッカやピクルスなど漬物、サラミ等を購入。
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 16時~19時、南クリル地区議会議長さんや現地の方々をムネオハウスに招いての夕食交流会。半端ない大変な盛り上りだった。
 一次会終了後、国(外務省・内閣府)&道職員、国会議員、道議・県議、学生、ロシア人、まさしく呉越同舟の酒盛が延々と続き、友好が深化する。加藤登紀子の「知床旅情」の反対側の島での「国後旅情」だったと思う。ウオッカを呑み過ぎ、途中から記憶も島状となった。

  8月28日(月)
 5:30、朝食(ムネオハウス)。
 6:30、出発。とにかく、四日間よく頑張ったと思う。同室の外交官、道議、マスコミ新聞記者、らとも意気投合できた。風呂もなくシャワーのみだったが、慣れれば平気だった。
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 いつも癒してくれたムネオハウスの縞猫とも御別れ。
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 7時、艀乗船。見送りには交流したロシア人が駆け付け、その人情に感動する。
 7時半~8時半、出域手続き。(古釜布港沖)
 8時半、国後島古釜布沖をエトピリカ号出発。
 9時半、船内食堂にて解団式。
 9:50、昼食。ざる蕎麦といなり寿司。
 10:50、根室・国後の中間点を通過。船上の旗がロシアから日章旗に変わる。海上保安庁巡視船が出迎え。思わず国家に感謝。
 12時、根室港入港。下船。根室市議の遠藤輝宣さんら多くの皆さんが出迎え。鈴木宗男先生から根室の御土産を頂く。
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 12時半、根室市中心の千島会館で記者会見。メディアの皆様に率直な感想を申上げた。
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 13:33、根室駅発釧路行きに乗車。
 15:50、釧路駅着。和商市場で食事。
 19:15、ANA便で釧路から羽田へ。
 20:55、羽田着。
 22時半、帰宅。半端でない長旅だった。爆睡眠。御終い

 本事業に参加し、ロシアの手強さを皮膚感覚で体験できた。ロシア人の云う未来志向は問題の先送りの可能性が高い。元島民の高齢化が進む状況下、運動の風化も懸念され時間との勝負でもある。そして、時の経過が既成事実の積み重ねとなり、実効支配が強化され続けているのだ。われわれ日本人も心を一つにして、返還運動を盛り上げねばと強く思うものである。千葉県でも、自民党内に議連を立ちあげるべく頑張りたい❗️
by takinowa | 2017-08-30 00:01

17.08.28(月) 北方4島交流事業

 国後島 古釜布 / 晴 / 18℃
 国後島・根室市 中間点 / 濃霧
 根室市 / 晴 / 25℃
 訪問記(報告)は後日行います。
by takinowa | 2017-08-29 10:22

17.08.27(日) 北方4島交流事業

 国後島 古釜布 / 晴 / 28℃・17℃
by takinowa | 2017-08-29 10:13

17.08.26(土) 北方4島交流事業

 国後島 古釜布 / 晴 / 24℃・16℃
by takinowa | 2017-08-29 10:08

17.08.25(金) いざ❗️国後島へ向け根室港を出港❗️

 根室市の天候:晴れ/22℃/18℃
 8時半、イーストハーバーホテルをチェックアウト。いよいよだ^ - ^
 9:10、根室港。訪問団出発式において緊張感が高まる。まさに、普段は感じることのない国家や主権と云う抽象的観念を実感。わが国固有の領土である北方四島への入域は現在、本事業でしか叶わないのである。まさしく、近くて一番遠い島なのだ。
 9:35、根室港を出航し、いざ国後島へ❗️
 9:45、船内で研修会。
 で、約一時間少々で日露の中間点(もちろん、国境では断じてない❗️択捉島と得撫島の間に国境線があるのだ❗️)を通過予定。
中間点通過後もネットに接続できるのだが、北方四島における通信はロシア側の管轄下となり当然のことだがSNSは中断。
 本日の予定は下記の通り。
 13時〜15時、国後島古釜布で入域手続き(入国手続きでは決してない❗️)。
 15時、国後島へ上陸予定。
 それでは、みなさん、行ってきます。f0035232_9514175.jpgf0035232_9541060.jpgf0035232_9594944.jpgf0035232_1064720.jpg
by takinowa | 2017-08-25 09:54

17.08.24(木) 根室へ❗️北方四島交流事業・結団式

 朝早く目が覚める。本日から28日まで政府(内閣府・外務省)北方四島交流事業(ビザなし交流訪問事業)で北海道へ。日本固有の領土であるにも拘らず、戦後72年間ソ連・ロシアが不法な実効支配を続ける北方領土・国後島の土を踏む予定だ。もちろん返還交渉ではないが、日本国を代表する気概をもって公務に臨むものである。
 9時、印西を出て羽田空港へ向かう。鈴木宗男先生から激励の電話を受け感激。
 12:15、ANA377便:羽田発根室•中標津行に搭乗。斉藤守県議と合流。
 14:20、中標津空港着。根室市は日本列島の最東端の地。本日の最高気温は22℃で東京の35℃比べ何と−13℃❗️ 寒いくらいとは聞いていたが、驚くものである。
 15時、空港を出て根室市・北方四島交流センターへ向かう。豊田俊朗・参議院議員、佐藤ゆかり・代議士と合流。
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 16時半、平成29年度 国後島・択捉島 北方四島交流訪問事業 結団式。訪問団顧問として紹介され気合が入る。団員構成は医師2名、マスコミ関係者5名、通訳4名、事務局ほか若手外交官など国家及び地方公務員10名を含め総勢45名。で、1991年のゴルバチョフ時代の末期に元島民の人道的墓参を目的として、パスポートもビザもなしで訪問可能となった事業。まさに、綱渡りのような外交テクニックだったに違いない。そして、国会議員として初めて北方四島(国後島)の土を踏んだのは鈴木宗男先生である(1995)。もちろん、若き日の心友・佐藤優も力を尽くしたに違いない。
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 16:50〜18時、研修会。内閣府と外務省ロシア課事務官から事業の概要と留意事項についての説明。
 18:10、北方交流センターを出て市街地へ。
 18時半、イーストハーバーホテルへチェックイン。
 19:15、豊田参院議員、佐藤代議士らと食事。超格安の居酒屋でした❗️東京や千葉県では考えられないコスパだった。ここでしか食べられない根室名物の花咲蟹も美味しくて、幸せでした。二次会は定番のラーメン屋で〆。あっさり醤油味でした。
 22時、ホテルにもどり夜、読書。f0035232_2232184.jpg

ちなみに特大の花咲蟹が7千円。4人でシェアして大満足でした。
(^O^)
by takinowa | 2017-08-24 22:36

17.08.23(水) 京都から千葉へ(*^^)v

 9時、ダイワロイネットホテル京都四条烏丸をCHECKOUT。
 午前、松下浩明県議と中年男2人で大本山・相国寺ほかを見学。寺町京極でLUNCH。
 12:55、京都発東京行新幹線のぞみで帰郷の途につく。
 16時半、木下着。事務所で仕事、打合せ。
 18時、ジョイフル本田で御買物。
 20時、帰宅。視察旅行準備。ちなみに、政務活動費とは一切関係ない。夜、読書。
 明日、北方四島交流事業で根室へ向かう予定。

 司馬遼太郎 著 「 菜の花の沖(六)」(文春文庫・702円)を読む。高田屋嘉兵衛とリコルド少佐との友情とゴローニン事件解決へ向けた日露外交の嚆矢とも云える息詰まる交渉。司馬遼太郎の代表作だ。国後島訪問を前に読み切ることができて良かった。
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 昨日、京都霊山護国神社へ。1867年京都近江屋で暗殺された坂本龍馬、中岡慎太郎、そして西郷、大久保と並ぶ維新回天の立役者・桂小五郎の御墓参りをしました。この神社には千名以上の志士の御霊が祀られています。そして、真逆の位置にいた佐幕派・会津のDNAが流れる同志社とともに、目に見えない圧倒的力を感じます。
by takinowa | 2017-08-23 22:05

17.08.22(火) 真夏の京都へ^^;

 8時半、印西総合病院。血液検査と内科受診。医師より酒を控え目にと云うアドバイスがあった。
 10時半、事務所にもどり打合せ。
 11時、印西を出て新幹線で京都へ向かう。北方領土・国後島ビザなし交流を前に、命の洗濯。少々ブルーな気分だったが、スカッとした。
 15時、真夏の京都に到着(大汗)。地下鉄に乗って烏丸今出川へ。私のパワースポット、母校・同志社大学 今出川キャンパスを訪問。御所の正面に所在し、幕末・明治維新の舞台となった薩摩藩邸跡だ。西郷や大久保、桂小五郎や坂本龍馬など歴史のスターが活躍した地でもある。そして、何よりも35年前の学生時代を思い出し半端なく血が騒ぎ、ノスタルジーを感じる。赤煉瓦も懐かしい。で、国禁を破って米国へ渡り、わが国初の学士号を取得した犯罪者・新島襄先生の志の高さに比べ、私はなんと小さな人間か。
 17時、ダイワロイネット四条烏丸にチェックインし、松下浩明県議と合流。
 18時、酒井茂英県議、商工会で御付き合いのある成東の大高衛さんらとともに懇談会。京都のナイトライフを楽しむ。三次会までやって相当酔っ払う。最後は〆のラーメン(^^;;。罪悪感があったので汁を少々残す。
 24時半、ホテルにもどり読書して就寝しました(( _ _ ))..zzzZZ
 
 内田 樹 × 平尾 剛 「 ラグビーと合気道を貫くもの 」(朝日新聞・800円)を読む。平尾剛の教育論やスポーツ論には岡(=岡 仁詩教授)イズム、すなわち同志社らしい自由度の高い創造性が感じられた。

        【 同志社大学今出川キャンパス
 威風堂々の日本一美しいキャンパス。19世紀後半・明治建築の国重要文化財群に指定されています。戊辰戦争に勝利した西郷隆盛は賊将・会津の山本覚馬の斬首を許しただけでなく、新生日本のためにと薩摩藩邸の提供を申し出ます。そして、覚馬の妹が会津戦争で鉄砲隊を指揮し敗れた八重さん、そして旦那が校祖・新島襄です。f0035232_13154631.jpgf0035232_1316523.jpgf0035232_13174929.jpgf0035232_13184855.jpgf0035232_132176.jpg
by takinowa | 2017-08-23 01:01