17.10.19(木) 忖度と柵(しがらみ)のどこが悪いのか

 総選挙も終盤戦。終日、地元で雨中の地上戦。日本国家のためにも千葉県のためにも、ふるさと印西市・印旛郡栄町のためにも絶対に勝たねばならない戦と心得ている。自民党支部地区役員を廻り実務的な御願い。夕方、栄町議と会談。

 この選挙で野党は自民党政権の「忖度」や「柵(しがらみ)」政治を批判している。そして、マスコミも同調している。
 まずは「忖度」について。一般論となるが「他者の気持になって考えること」や「相手の立場に配慮する」ことのどこが悪いのか。何も居直っている訳ではない。紋切型の凡庸なレッテル貼りに付き合うのは正直辟易としているだけ(>_<)。
168.pngで、政治の立場で云えば、コンプライアンス的に疑義があるようなゴリ押しや斡旋(働き掛け)は論外だ。さらに、官僚の権力者(例えば人事権と予算を持つ殿様化した地方自治体首長)への過剰サービスもチェックされなければならないことは認める。しかしながら現下の「モリカケ」問題とやらで政府に、恰も何やら巨悪が存在する如き物言いはフェアではない。国民が被った実害について、具体的かつ論理的に証拠を挙げた国会議員の存在を私は知らない。
 そもそも、国であろうが地方であろうが、役人に忖度されるような議員でなければ政治家失格と私は思う。官僚から甘く見られるだけの議員、スルーされるだけの(煩い)議員は、現実に対し何の影響力も有していない。率直に申し上げるが、私は役人から忖度されるような存在感ある政治家になりたいと本気で思っている。
 で、次に「柵のない政治」や「リセット」など(聞き飽きた)手垢のついた綺麗ごとを並べる政治家やマスコミについて。率直に申し上げて、その手の言葉を声高に叫ぶ人間を、私は心底から軽蔑する。現代社会において国から地方まで、公的精神や共同主観性が極小化し、個々人がバラバラにアトム化(=私的空間が拡散)する世界と時代をどう認識しているのか。
 人間は一人では生きていけない。家族や学校、企業、地域など社会との紐帯なしに存在などできない。もちろん、公選で選ばれた政治家である以上、一部勢力への依怙贔屓や癒着は禁物だ。しかしながら、自分の人生も含め、柵(しがらみ)を一つづつ整理し乗越えていくのが政治家の務めなのである。まさに、二律背反の危機的状況における平衡術とでも云おうか。断崖絶壁の尾根道や綱渡りをイメージしてもいい。そして、際どい平衡を保つには歴史の知恵、慣習、伝統…等々、過去に学ぶ(古今東西の死者と対話する)しかないと私は確信する。将来と現在を語るにも、失敗や成功の経験を含め過去と向き合うことが必要なのだ。要は、保守精神である。
 繰り返しとなるが、希望の党・小池百合子代表の云う「改革保守」「柵」「リセット」などのスローガンは論外。偶さか今生きている己の拙いお頭(つむ)からは何も生まれないと知りつつも、「改革」や「疑惑」などマスコミに流通する政治的な魔語(まご:Magic Word)しか並べられない輩を私は信じない。で、浮遊する大衆世論をバックとする「市民」派は、筋金入りの左翼とも違う。そして、そういうのに限って発言と行動の乖離が著しく無責任なのだ。私の知っている範囲では、小池百合子氏と堂本元千葉県知事が双璧であろう。
 で、今の自民党にも苦言。総選挙の結果は神のみぞ知る世界だが、野党との「改革競争」即ちポピュリズムの旗の奪い合いは保守でも何でもないと私は考える。さらに、底の浅い右バネ系も信用できない。有権者はしっかりと見ている。選挙戦術も大事だが政策以前の段階で、堂々と思想闘争を戦うと云う気構えを見せてほしい。選挙の空中戦におけるマイクの絶叫は単なる空気の振動だ。情勢論ではなく、本質論を展開することこそ大事であり、真理は細部に宿り具体的でなければならないと考える。

 21時半、帰宅。夜、読書。明日も頑張ろう( `ー´)ノ。御終い

by takinowa | 2017-10-19 22:17


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