15.07.29(水) 成田国際空港 視察

 8時、印西を出て自民党成田空港推進議員連盟 視察研修参加のため県庁へ向かう。
 10時、県庁を出て成田へ向かう。
 10:50~11:40、芝山の空港科学博物館隣接の<成田空港・空と大地の歴史館>を視察しました。
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 「流血の日々」の展示コーナー。実にリアルな展示に言葉を失う。
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 まさに、戦後の平和国家・日本の中で三里塚は唯一戦場と化した。われわれ千葉県人は、この戦後史を忘れることなく成田空港と向き合わなければならない。一人でも多くの県民に訪れてほしい歴史館である。
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 われわれは戦後の千葉県にとって、成田空港が持つ歴史的意味を深く考えなければならない。いや、60~70年代、日本左翼の主戦場となった三里塚の意味を。そもそも、当初の三里塚空港闘争は農本主義的であり、マルクス・レーニン主義とは無縁であった。この国家とローカルの対立と云う構図を歴史的類比(アナロジー)で捉えるならば、現下日本の辺野古問題にも部分的に重なるのではなかろうか。そして、三里塚も辺野古も、<国家 VS 反権力・左翼>といった図式で考えてはその本質を見誤るのである。要は、国家と地域共同体(=草の根保守)の深刻な軋轢と捉えるべきなのだ。さらに辺野古はより根源的な民族の問題も孕んでいる。率直に言って三里塚より深刻だ。よって、日本政府が「日米安全保障」と云う戦後日本の<国体>を以って沖縄県との対立を深めることは国家統合の危機を招きかねないのだ。で、この状況のリアルさを理解しない自民系の先生が多いことに私は危機感を覚える。繰り返しになるが、沖縄における「辺野古反対!」の声は左翼ではなく、真正の保守の叫びである。よって、今こそ三里塚の歴史を学ぶことが大事と思うものである。
 少々抽象的になるが、歴史に学ぶことで「相手の内在的論理を理解する」と云う保守政治家としてのIntelligenceが鍛えられると考える。平たく申せば「相手の立場になって物事を考える」といった類のこと。このIntelligenceは学校偏差値ではなく、心の問題でもある。よって、三里塚の歴史は過去のことではなく十分、現代日本においても意味を持っているのだ。ちなみに、私の話で恐縮だが、県の指定廃棄物一時保管事業の際、地元との交渉や話し合いでは三里塚の教訓をもう一度学び直した次第である。
 11:55~12時半、成田空港第二ターミナルで昼食。
 12:45~14時、成田国際空港株式会社・岩澤 弘 地域共生部長から「成田空港の現況と更なる機能強化について」のレクチャーを受ける。1978年開港の同空港は2015年3月現在、航空機発着回数:22.8万回、航空旅客数:3531万人(国際線:2930万人、国内線:600万人)、国際航空貨物量:208万t。本年四月にはLCC専用の第三旅客ターミナルも竣工。ノンストップゲート化など利便性向上に余念がない。将来は第三滑走路の建設等、諸施設の改善等で発着枠50万回まで可能とのこと。いずれにせよ、仁川や上海はもちろん羽田も含め強力なライバルと競い合わねばならない。
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 夏休み前と云うこともあって本日の第二ターミナルは静かだった(^^)/。
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 14時~14時半、旧管制塔視察。 1978年3月、日本中を震撼させた新左翼・第4インター(日本革命的共産主義者同盟)による管制塔占拠事件の記憶が生々しく甦った。まさに歴史的場所だが現在は使用されておらず、老朽化も著しかった。
 14時半~16時、バスに乗車し空港内制限区域を視察。面積1090haという広大な敷地を一時間以上かけてじっくりと見学。16時、空港を出て千葉へ向かう。17:15、県庁を出て印西へ。
 19時半、事務所にもどり仕事。さすがに、草臥れましたよ(-_-メ)。
 21時、帰宅。夜、読書。ブログを書き本日も御終い(-_-)zzz

 堤 未果 著 「(株)貧困大国アメリカ 」(岩波新書・760円)を読む。
by takinowa | 2015-07-29 23:55


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