11.07.26(火)

 終日、事務所で仕事、来客の対応。
 < 政府は25日、サッカー女子ワールドカップで初優勝した日本女子代表チーム「なでしこジャパン」に、国民栄誉賞を授与する方針を固めた >(日本経済新聞)との報道があった。このことに関する小生の考えは21日付ブログに書いた通りである。 常軌を逸しているとまでは言わないが、もう少し頭(おつむ)を冷やすべきだ。 日本国家を腐食する政治エリートのナルシズムに基づく決定ならば、私は断固NOである。 元々は民衆のスポーツであるフットボールへの賞賛と顕彰が、菅内閣失政の罪滅ぼしの儀式となっては決してならない。 大衆世論とは別の「思考する輿論」は、この主張に必ず同意してくれると思う。
 17時半、地元で会合。 本日は穏やかな一日であった。

 ジャック・アタリ著・林昌宏 訳 「 21世紀の歴史 」(作品社・2,400円)を読む。 フランスで大ベストセラーを記録し、サルコジ仏大統領は本書をもとに、大統領諮問委員会<アタリ政策委員会>を設置したという話題作である。著者は1943年生れ。1981年、38歳でミッテラン政権の特別補佐官を務め、1991年「ヨーロッパ復興開発銀行」の初代総裁に就任。恐らく、現代フランスで一番の天才であろう。
  近世から現代に至る九つの「中心都市」の変遷に関する世界史的洞察は説得力十分。そして、国家や民族、市場、資本主義、自由主義、民主主義、宗教・・・と、21世紀の世界を大胆に予言。「超帝国」(未来の第一波)、「超紛争」(未来の第二波)、「超民主主義」(未来の第三波)と、アタリは社会科学と技術論の知見に基づき、まるでSF小説の如く我々に近未来を提示する。もちろん、荒唐無稽の話ではない。アタリのいう「オブジェ・ノマド」を身に付けた「超ノマド」が跋扈する「ユビキタス・ノマド」の世界は、まさにアトム(原子)的個体による競争原理の極北の地に違いない。 超ノマドとは、エマニュエル・トッドの考える、< 宗教からもイデオロギーからも無縁になり、獰猛なまでに己自身を気にかける、バラバラの個人の群れ> (「デモクラシー以後」2009年・藤原書店)というナルシズムの世界に近いのではなかろうか。 私は左翼ではないが、アントニオ・ネグリの「帝国」における「マルチチュード」の可能性の方に圧倒的共感を覚える。 いずれにせよ、「超ノマド」の存在する領域は所詮、刹那的であり、「窓」のないアトム社会(※注) に過ぎないと私は思うのである。
 保守思想に基づく共同体主義者の私としては、< 未来の歴史書 > を読み終わり、モンスターに違いない「超ノマド」との異種格闘技戦を行ったような感じがしてかなり疲れた。
 (※注) 「窓」のないアトム社会
 「公的な社会性を喪失した私的個人」、「他者との対話が不可能な」、「思い遣りのない」・・・ バラバラな個人で構成する社会。 もちろん、「私」は「個性」を主張するが、色形の異なる海辺の砂粒のような味気ない没個性の個が作る社会の意味。 
by takinowa | 2011-07-27 00:49


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