11.06.09(木) 故 大野 眞県議 告別式

 8時、印西を出て成田の八富斎場へ向かう。10時、故大野眞県議の告別式に参列。葬儀委員長は岡田正市・栄町長、喪主は美重子夫人。故人と御縁のあった国・県・市・町議会議員、首長、県・町職員、後援者はじめ多くの方々が最後のお別れに訪れた。
 あまりにも早過ぎる永久の旅立ちである。今はひたすら御冥福を祈り、「もう暫くしたら又お会いしましょう」と心の中で申し上げた。正午過ぎ、成田を出て印西へ。午後、事務所で仕事、来客の対応。夜、千葉で会合。040.gif

    【 6/6(月) 東日本大震災被災地・現地調査 宮城県議会

  視察参加者  :  宇野裕(千葉県議会東日本大震災復旧・復興対策特別委員長 匝瑳市)、大松重和(旭市)、実川隆(山武郡)、亀田郁夫(鴨川市)、滝田敏幸(印西市) 

 6時半、印西を出て東京へ。9時東京発東北新幹線やまびこで仙台へ。11時半、仙台駅中の食堂で牛タン定食を食す。
 13時~14時半、宮城県庁・県議会で、東日本大震災関連の宮城県議会の主な活動内容について研修。相沢三哉・宮城県議会大震災対策特別委員長、皆川章太郎・自民党宮城県連幹事長からお話を伺い質疑、意見交換。
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 15時、仙台を出て大崎市鳴子へ向かう。16時半、鳴子ホテル着。
 17時~18時、東日本大震災・ニ次避難者受入れ状況及び経緯について研修。鳴子観光協会長・菊地武信さん、同旅館組合長・菊地英文さんからお話を伺う。大崎市鳴子温泉郷では5月末現在、約1000人の二次避難者を受け入れている。災害救助法に基づき一人5000円(三食)/日の補助金で受け入れているとのこと。また、避難者からもお話を伺った。同地区の相互扶助の精神に強い感銘を受けた。
 夜、同志とともに夕食。大野眞県議も同行予定であったが、本当に残念に思う。皆で献杯する。

    【 6/7(火) 気仙沼市・南三陸町 現地調査

 7時半、チャーターした小型バスで鳴子を出発し南三陸町へ向かう。約二時間で避難所が開設されている志津川中学校に到着。小野寺五典代議士秘書の斎藤不可史さんから詳細な説明を受ける。仮設住宅の建設はもちろん、避難民の生活再建を含め課題は山積している。
 9時半~11時半、南三陸町を現地調査・視察。とにかく言葉が出ない。津波被害により約4000世帯の町が一瞬で消滅したのだ。TVやネットの画像をはるかに超える衝撃。特に、流失した町役場隣の防災庁舎前に立った時、涙を抑える事ができなかった。36名の職員の方が尊い命を落とされたという。ただただ、冥福を祈るばかりであった。
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高台にある町立志津川中学校から市街地を望む
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南三陸町防災対策庁舎 多くの職員が尊い命を失った
 
 郊外の高台に設置された南三陸町役場仮庁舎・災害対策本部へ。遠藤健治・同町副町長から被災及び復旧状況についてお話を伺う。9月までに町としての復興構想をまとめ国・県と協議を進めていくとのこと。高さ16メートルの津波を想定し、どのような都市計画を立案するか。その財源も含め、検討課題があまりにも多い。何とかしなければならない・・・
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南三陸町遠藤健治副町長 

 11時半、避難所隣のローソン仮設店舗で弁当(390円)を買って移動のバス内で昼食。南三陸町を出て気仙沼市へ向かう。
 12時半~14時半、気仙沼市の被災状況等を現地調査。道路は整備されつつあるが、津波被害で町は壊滅状態。特に、日本を代表する漁港と加工産業の被害は甚大だ。斎藤秘書の説明を受けつつ、心の奥底にとてつもない重石を感じる。
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市街地のほとんどの家屋が全壊状態
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大津波で港から約2Km 流され陸に乗り上げた大型漁船

 気仙沼市役所に設置された災害対策本部で、加藤慶太・同市副市長、大和田一彦総務部長から復旧・復興の基本的な考え方を伺う。防災計画の根本的な見直し、漁港、加工産業の再生ほか詳細な説明を受ける。
 南三陸にしろ気仙沼にしろ、行政に携わる人々は命懸けで頑張っている。必死さが伝わってくる。厳しい現実と真正面から向き合い、悲しみを乗り越え歩み続けている。同じ被災地である千葉県も、大いに学ばなくてはならない。研修中、様々な思いが心にグッと込み上げてきた。この思いについては後日整理して書いていきたい。
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 14時半、気仙沼市役所を出て一ノ関へ。15:49発やまびこで東京へ向かう。19時、東京で反省会。22時半、帰宅する。
 夜、心の中で「メメント・モリ Memento mori 」(死を思え、死者を忘れるな)というラテン語の警句が何度も何度も浮かんできた。まるで般若心経のように・・・
by takinowa | 2011-06-09 18:42


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